シチズン時計、スケートリンクをやめないで!(1)
東京のど真ん中、高田馬場駅から歩いて10分ほどのところにあるシチズンプラザが、2021年1月31日で閉鎖されることになっています。
これによって、200人ものクラブ生を含め、常時1000人以上が利用しているスケートリンクが失われようとしています。
これまで、いろいろ書いてきました。
でも、正直言って、あちらをおもんぱかり、こちらをおもんぱかり、奥歯にものの挟まったような、外堀を永遠に埋め続けるような、そういう内容だったような気がします。
ほんとうは最初から言いたかったことがある。みんなが、間違いなく言いたかったこと。
シチズン時計さん、シチズンプラザをなくすなんて言わないで!
スケートリンクをなくさないでください!
これまで、なんだか「言ってはいけない」空気のなかで、黙らされてきたところがあります。でももう、いい加減、黙ってはいられません。
何度も書いてきたように、東京都心の膨大なスケート人口は、いまひとつでもリンクがなくなれば、支えきれなくなります。
辰巳に新しいリンクができるらしいとなったとき、氷上競技をやっている人はみんな思ったはずです。
「これで選手たちがもっと思い切り練習できる環境ができる!」
「普通のスケーターももう少し、ましな練習ができるようになる!」
しかし、辰巳ができるどころか、そんなものできるよりずっと前に、みんなが練習に通いやすかった高田馬場のスケートリンクがなくなってしまう。
そうすると、事情は大きく違ってきます。大量の練習難民が生まれるわけですから。
そもそも、なんでそんなに冷たいんでしょう?
シチズンは長くスケート競技のスポンサーをやってきて、ISUのグランプリシリーズなどは全試合でフェンスに広告が掲載されています。スケートの試合といえば、シチズンのロゴをみないことはないわけです。
しかも、中国シチズンではいま、羽生結弦選手がアンバサダーをつとめていて、何かというとそのビジュアルがシチズンの時計と一緒に露出しているわけです。
羽生選手を通じて、シチズンのブランド力があがるのも、シチズンを通じて羽生選手、ひいてはフィギュアスケートの認知度が上がることも喜ばしいことです。
ただ、シチズンプラザのリンクは、羽生選手も滑ったことのあるリンクです。シチズンはそのリンクをなくそうとしているのに……と思わずにはいられない。
シチズンには少なくともフィギュアスケートに関しては40年近いスポンサーの歴史があって、そのことに自社のサイトでも触れて、フィギュアスケートのシチズンというイメージを形成してきたシチズン時計なんです。
それが、いきなり「やめます」です。1年前に伝えたのと、すごく遠いけど南船橋に新しいリンクができるんで、よろしく、以上!……なんて。南船橋は、東京都ですらないですよ。選手たちはもちろん、多くのスケーターが東京都スケート連盟所属なのに。
長くリンクを経営してきた会社(シチズンプラザ)を持っているわけです。しかもフィギュアスケートのスポンサーもやってきたのですから、本当に親身に思ってくれているなら、ちょっとくらい調べているはずです。調べているなら、簡単には移籍できないこと、わかっているはずなんです!
(調べもしなかった、関心もなかった可能性もありますが……)
それなのに、シチズンという歴史も名もある企業が50年近くをかけて、高田馬場の地ではぐくんできたスポーツ・文化の大樹を、自らの手でばっさりと切り倒そうとしているんです。
切り倒したらもう、元には戻らないのに。
そこに愛はあるのか?!
とてもスケートへの愛があるようには思えないんです。