スポーツはだれのためのものなのだろう
結構前の動画です。でも、ちょっと感動してしまったので、何か言いたくなってしまいました。
動画は、2014年にアメリカでリンクで行われたギネスに挑戦。
150人が参加したスケートレッスンです。
曲が流れ続け、子供から大人、高齢者まで、初心者や趣味のスケーター、元選手、コーチまで、さまざまな人たちが同じ動きで滑っていきます。
最後にはみんなで輪になってお互いをたたえ合う。
なんて素敵なんでしょうか。
このイベントを行ったThe Next Ice Ageは、フィギュアスケートを伝え続けていこうというアメリカのNPOだそうで、ジョン・カリーのスケートのチームにいた人たちが1988年に設立したのだとか。
その辺はひとまず置いておくとしても、いろんな形で同じスポーツに取り組んでいる人たちが、等しくアスリートとして同じ場を共有するなんて、ほんとうに素晴らしいこと。
いま日本では、コロナ禍で住民の安全もまともに守れないまま、政府がオリンピックの開催を強行しようとしているように見えています。見えているというか、実質はやめる決断もできないで立ち往生している感じなんではないのかと思うこともあるくらい。
「観るもの」「金を産むもの」「選ばれた人がやるもの」としてのスポーツの、ネガティブな面ばかりが表に出てきていて、このままではたくさんの人の心がスポーツから離れていってしまうんじゃないかと、心配になることもあります。
スポーツはまず、観るもんじゃなくてやるもんでしょ。
別に、上手にとか優れてとか誰よりも強くとか、そんなものを目指してやるのがスポーツじゃないはず。ほんとうは、楽しくて気持ちよくて、いやなことがあってもみんな忘れちゃうくらい夢中になれるものであるはずなんです。
その延長に、プロやトップアスリートがいて、「やる」とは違う楽しみも与えてくれる。
別に学校の体育でやるものだけじゃない、自分が夢中になれる、楽しいと感じられるものであれば、なんだっていいと思うんです。そういうものを、みんながみつけられればいい。鬼ごっこだって野良バトミントンだって、なんだっていい!
まあ、私にとってはそれがたまたまフィギュアスケートだったわけなんですが。
とにかく、スポーツはトップアスリートやプロだけのためのものじゃないんです。
私達みんなのものなんです。
私達みんながスポーツを楽しめるような社会を、どうか奪わないでほしい。
これ以上。
どんな年齢の人も、どんなレベルの人も、どこかで通じあえる、楽しみを共有できる、そんな部分をスポーツが将来の社会で持てていたらいいなと、いつも思うのです。
シチズンプラザ閉鎖 みんなの想いははかなく
ついに本日、2021年1月31日で高田馬場のシチズンプラザは閉鎖となります。
ユーザーのみんなが閉鎖を知ってからちょうど1年。
なんとか存続してもらえないかと、いろんな人がいろんなところへ掛け合ったりしましたが、閉鎖され、おそらくはマンションが建つという既定路線は変わりませんでした。
29日、30日、31日は、ひっそりとこれまで練習してきたことを発表する会が開かれました。密を避けるために、見学できるのはほぼ出場者のみ。終わったら速やかに退場してください!という環境でした。
まだスケートを始めたばかりの人から、6級、7級の選手たちまで、シングルやグループでのプログラムを――コーチと、その場にいるその他のたち、一緒に練習してきた仲間に向けて――発表しました。
シチズンプラザの氷は、元はボーリング場だったところにはられています。そのせいか、平らではないし、あちこちに水滴が落ちて凸凹しています。そんなところもいくらか愛おしく感じながら、みんな最後の滑走をしたのではないかと思います。
せめてコロナ禍でなければ、もっと違った形でこの時を迎えることができたのにという気持ちもありますが、やっぱり、リンクには存続してほしかった。
この1年の間に、せめてここで滑っていた人たちみんなに行き場が見つかっていれば、もう少し楽しく最後を迎えられたかもしれません。でも、実情としては、いまだにこの先どこで滑るかが決まっていない子供たちが少なくありません。
新型コロナウイルスの感染拡大がおさまらないなか一般営業は休止されていましたが、みんななんとか、検温、消毒、マスクでできる限りの感染予防策をとったうえで細々と練習を続けてきました。
ほとんどの試合は中止になってしまいましたが、それでも開かれるかもしれない試合に向けて、参加に必要なテストのための準備をして受験を続け(東京都ではだいたい毎月のように試験が受けられます。人数は半端ないので)、プログラムなどの練習も続け。
がんばってきた子供たちが今後、活動の場を失うのはとても残念なことです。
活動の場を失うのは、決してまだ始めたばかりのよちよちの子供たちのことではありません。試合にもどんどん出ることができる、7級の取得も目前という子供たちだって、行き場がなかったりするなんて、ちょっと信じられない話ですが、それが現実なんですよね。
せめて2~3年前から内々に、閉鎖の情報を伝えておいてくれたら、もう少しやりようはあったかもしれませんが、たった1年で、しかもコロナ禍で……無理があったんじゃないでしょうか。
リンクのスタッフのみなさんは、最後まで真摯に接してくださったと思います。
私物を取りにきただけなのに、みんなの記念撮影を手伝ってくださった方もいらっしゃいました。
玄関のお花は、近くのお花屋さんが用意してくださっていると聞いています(写真、ちょっとだぶってるのもありますが……。画面が曇ったようになっているのが結構あるのは、練習直後に撮影してるからです。スマホがキンキンに冷えてる状態なので、取り出すと気温差でレンズが曇ってしまうのです)。発表会の後は、一人ひとりにもお花をいただきました。
現場のみなさんには感謝しかありません。
明日からは、どうやって練習を続けていくか、新たな闘いの日々が始まります。
スケートを応援してくれる財界人は?
東京のど真ん中、高田馬場駅から歩いて10分ほどのところにあるシチズンプラザが、2021年1月31日で閉鎖されることになっています。
これによって、200人ものクラブ生を含め、常時1000人以上が利用しているスケートリンクが失われようとしています。
現在、大阪府と愛知県には、大学が所有するスケートリンクがあります。
そのうち、関西大学たかつきアイスアリーナ誕生にまつわる記事をご紹介します。
リンクの誕生は2006年7月。
記事にはこうあります。
きっかけは04年11月、高橋らが練習した同市内の「O2スケートリンク」の閉鎖だった。55年創部のアイススケート部、48年創部のアイスホッケー部の学生は近隣のリンクの使用。だが、それらのリンクは飽和状態で、夜中にしか練習できないこともあった。織田の母としても知られる憲子コーチら関係者は「リンクをつくってください」と理事長室のドアを何度もたたいた。
やはり、別のリンクの閉鎖がきっかけだったんですね。
日経にも、建設に至るまでの苦労話などが載っています。
関大アリーナは2006年に完成、日本の大学がスケートリンクを開く第1号となった。フィギュアでは高橋大輔さん、宮原知子さんら有力選手を輩出してきたが、大学がリンクを持つ初の試みの背景に関西の技があることはあまり知られていない。
日本のフィギュアスケート界の西高東低時代を決定的にしたものの一つかもしれませんね。
ちなみに関西大学のリンクは、ホッケー、フィギュア、ショートトラックにも対応したものだということです。
https://www.kansai-u.ac.jp/ja/community/ice_arena/
そして、関大にリンクを作った当時の理事長であるこの森本靖一郎さんは、カーリングのリンクまで備えた「関空アイスアリーナ」の運営主体の一般社団法人関空アイスアリーナの代表理事になっていらっしゃいます。
2019年12月にオープンした「関空アイスアリーナ」のサイトです。
19年2月の記事。関空アイスアリーナのさまざまな工夫について言及した記事です。茶室をつくるほか、エネルギーをできるだけ効率的に利用する工夫など、盛りだくさん。
とはいえ、関西でもこれまでにいくつも既存のリンクが閉鎖され、新たに建設される予定だったリンクも完成が遅れたりしています。
選手たちの練習場所確保は容易ではなかったのではないかと思います。
関西は東京以上に学生スケーターが多いようなので、リンクの所属スケーターの数だけでは比較できないところがありますよね。
東京はこれから、どうなっていくんでしょうか。
シチズン時計、スケートリンクをやめないで!(2)
そこに愛はあるのか?!
とてもスケートへの愛があるようには思えない、と前回書きました。
東京のど真ん中、高田馬場駅から歩いて10分ほどのところにあるシチズンプラザが、2021年1月31日で閉鎖されることになっています。
これによって、200人ものクラブ生を含め、常時1000人以上が利用しているスケートリンクが失われようとしています。
シチズン時計さん、シチズンプラザをなくすなんて言わないで!
スケートリンクをなくさないでください!
これが、シチズンプラザのスケートリンクを利用しているみんなの、これまで大きな声でなかなか言えなかった言葉です。
リンクは畳んでしまえ!
利用者はみんな、「自助」でお願いします!
だなんて、
どうみても、そこに愛はないでしょう。
シチズンプラザのスケートリンクは、10年以上前に一度、建物が改修されていることは、以前ご紹介しました。
その時は苦しいなかから資金を出して、選手たちの練習の場を守ってくださったのだと思います。
daisuki-otona-figureskating.hateblo.jp
でも、そのころの愛は、もうないですよね。
ないんだな、と思います。
ほんとうは、高田馬場という好立地にあるからこそ、スケートリンクがある施設として発展性のある経営をやる方法はあったはずです。
もし自社でできないのなら、もっと専門性のある会社に任せることだってできたはずです。
もし、そういったこともいろいろ検討したけれどだめだった。
あるいは、それすらできないほどひっ迫していたというのなら、そう説明してくれたら、みんなこんな気持ちにはならなかった。
でも説明はただ、「採算が合わない」「建物が老朽化した」、なので辞めます。
スケート事業は黒字ですし(無茶苦茶儲かってるわけじゃないかもですが、ほかも含めてもっと儲かる方法はあるはず)、建物についても、これも記事で紹介したように、いまのところの耐久性は確認されています。
つまり、それは「理由」になっていないように見える。
daisuki-otona-figureskating.hateblo.jp
納得いく説明もしてもらえないまま、しかもスケートを続けられないかもしれない状況に放り込まれたら、そりゃあたまりません。
これまでも、納得できないし、言いたいことはたくさんあった。
でも黙っていたのは、騒いだら、インストラクターを含めて、働いている人たちの今後に不利益が生じるんじゃないか? 選手たちの次の所属探しに、影響するんじゃないか?そう思わせる空気が充満していたからです。
みんな口を開けなかっただけなのです。
しかも、いろいろ調べていくほどに、「そうか、なら仕方ないね」とはならず、
いろいろわかってくるほどに、どんどん納得いかなくなるばかりだなんて!
どうしてもリンクをなくさなければならないのなら、せめて、
辰巳にリンクができるまで、
あるいは
選手たちの行き先がある程度決まるまで、
営業を続けてくれないでしょうか。
やっぱり、そんなの関係ない、どうぞここは「自助」でお願いします。
とか、言われてしまうのかな。
私たちは、大好きだったシチズンだからこそ、悲しくてたまらないのです。
確かに、最近は滅多に腕時計することもなくなりました。
でも、唯一持っている腕時計はシチズンの時計だったんです。それはスケートと関係なく、親から贈られたもので、大切にしていました。
スケートを始めてからは、シチズンプラザで滑っているせいで、余計に思い入れがわいてきたものです。
スポーツやっていますから、最近は腕時計の代わりにウェアラブルデバイスを付けています。
それでもよく、普通の腕時計と一緒にできるようなウェアラブルとか、腕時計に取り付けられるウェアラブルがあったらいいのにって、
大好きな腕時計がしたいからこそ、そんなことを思ってたほどです。
だけどいまは、もう、腕時計を眺めても悲しい気持ちになるばかりです。
シチズン時計、スケートリンクをやめないで!(1)
東京のど真ん中、高田馬場駅から歩いて10分ほどのところにあるシチズンプラザが、2021年1月31日で閉鎖されることになっています。
これによって、200人ものクラブ生を含め、常時1000人以上が利用しているスケートリンクが失われようとしています。
これまで、いろいろ書いてきました。
でも、正直言って、あちらをおもんぱかり、こちらをおもんぱかり、奥歯にものの挟まったような、外堀を永遠に埋め続けるような、そういう内容だったような気がします。
ほんとうは最初から言いたかったことがある。みんなが、間違いなく言いたかったこと。
シチズン時計さん、シチズンプラザをなくすなんて言わないで!
スケートリンクをなくさないでください!
これまで、なんだか「言ってはいけない」空気のなかで、黙らされてきたところがあります。でももう、いい加減、黙ってはいられません。
何度も書いてきたように、東京都心の膨大なスケート人口は、いまひとつでもリンクがなくなれば、支えきれなくなります。
辰巳に新しいリンクができるらしいとなったとき、氷上競技をやっている人はみんな思ったはずです。
「これで選手たちがもっと思い切り練習できる環境ができる!」
「普通のスケーターももう少し、ましな練習ができるようになる!」
しかし、辰巳ができるどころか、そんなものできるよりずっと前に、みんなが練習に通いやすかった高田馬場のスケートリンクがなくなってしまう。
そうすると、事情は大きく違ってきます。大量の練習難民が生まれるわけですから。
そもそも、なんでそんなに冷たいんでしょう?
シチズンは長くスケート競技のスポンサーをやってきて、ISUのグランプリシリーズなどは全試合でフェンスに広告が掲載されています。スケートの試合といえば、シチズンのロゴをみないことはないわけです。
しかも、中国シチズンではいま、羽生結弦選手がアンバサダーをつとめていて、何かというとそのビジュアルがシチズンの時計と一緒に露出しているわけです。
羽生選手を通じて、シチズンのブランド力があがるのも、シチズンを通じて羽生選手、ひいてはフィギュアスケートの認知度が上がることも喜ばしいことです。
ただ、シチズンプラザのリンクは、羽生選手も滑ったことのあるリンクです。シチズンはそのリンクをなくそうとしているのに……と思わずにはいられない。
シチズンには少なくともフィギュアスケートに関しては40年近いスポンサーの歴史があって、そのことに自社のサイトでも触れて、フィギュアスケートのシチズンというイメージを形成してきたシチズン時計なんです。
それが、いきなり「やめます」です。1年前に伝えたのと、すごく遠いけど南船橋に新しいリンクができるんで、よろしく、以上!……なんて。南船橋は、東京都ですらないですよ。選手たちはもちろん、多くのスケーターが東京都スケート連盟所属なのに。
長くリンクを経営してきた会社(シチズンプラザ)を持っているわけです。しかもフィギュアスケートのスポンサーもやってきたのですから、本当に親身に思ってくれているなら、ちょっとくらい調べているはずです。調べているなら、簡単には移籍できないこと、わかっているはずなんです!
(調べもしなかった、関心もなかった可能性もありますが……)
それなのに、シチズンという歴史も名もある企業が50年近くをかけて、高田馬場の地ではぐくんできたスポーツ・文化の大樹を、自らの手でばっさりと切り倒そうとしているんです。
切り倒したらもう、元には戻らないのに。
そこに愛はあるのか?!
とてもスケートへの愛があるようには思えないんです。
メディアが書いた「シチズンプラザ閉鎖」 まとめ
シチズンの閉鎖について、いろいろなメディアに記事が掲載されたので、リンクをまとめておきたいと思います。
有料だったりして、会員じゃないと全文読めないものも多いですが。
6月の朝日新聞。
同じく町田樹さんのインタビュー。アイスホッケーなどフィギュアスケート以外の氷上競技の練習の大変さにも言及。
朝日新聞、再び。別の記者さんが取材してくれました。
朝日新聞の大学スポーツのサイト、4yearsでも!
日刊スポーツの記事。再び、町田樹さんが都内のリンク事情、シチズンがなくなるとどうなるか、スポーツの持つ意義など語ってくださっています。
産経新聞の記事。
また少し違った角度で書いてくださっています。
引き続き、署名活動中です。
こちらのサイトもご覧ください。
スケートリンクはもう「ECO」の時代です
引き続き、署名活動行っています。
ご協力、拡散、お願いいたします。
さて、前回は東京のスケートリンクについて、現在は複数あるけれど、多くがこれから機材の更新時期に向かっていく。どうなっちゃうんでしょう、シチズンプラザの閉鎖は、決してシチズンだけの話じゃないよという話を書きました。
それを考えるとき、高額な電気代など運営費の赤字や、老朽化およびフロン廃止に伴う機材更新時に必要となる巨額の投資が、スケートリンク経営を続けるか否かを判断する材料となっているのは紛れもない事実です。
でも、じつはスケートリンクが必要とする電気代は、このところの技術革新でかなり少なくなっているといわれています。
下にリンクを張った雑誌には、日本でも多くのスケートリンクを管理運営しているパティネレジャーの経営者などにインタビューした記事が載っています。
それによれば、過去には最高で550ほどもあった日本国内のスケートリンクが閉鎖された主因の一つに、電気代の負担があったけれど、最新の冷凍機材を使えば電気使用は従来の半分ほどになり、さらに太陽光パネルを導入することで、電気代負担を1割ほどに抑えられているリンクがあるとか。
(22ページからを参照)
1割って!?すごくないですか?もちろん、太陽光パネルで発電した電気を使っていたり、あるいは発電した電気を売電して得た収入と相殺してということでしょうけれども、それさえ導入できれば達成が可能だということです。
とってもエコな生活をしている人からみれば、スケート愛好者なんてお金を浪費するのみならず、地球環境の敵みたいに見られていましたが、最新の環境が整えられれば、もうそんな肩身の狭い思いをすることもないんじゃないかと思います。
リンクの経営という視点で見ると、つまるところ、新機材を入れる費用とあとはアイディア次第、いかに利益を増やしていくかというところが課題ってことになるのではないかと思います。
そこまでしてリンクを残す必要があるか?って言われてしまいそうですが。
何度でも言いたいんですが、スポーツをすることは決して、道楽とか贅沢とかではありません。
スポーツをすることは、生きることでもあります。
健康のため、体を鍛えるため、という部分がまずあります。
それから、心を育てるためでもあります。それは子供だけじゃなく、大人にとっても。何かを達成するために考え、工夫する心。
根気強く、挑み続ける心。
同じ目標を目指す仲間を称える心。
教えを受けるものとしての心。
頑張った自分を認める心。
もう一つ、心を癒し、救うものでもあります。
前の記事で紹介したジーさんのように、辛い思いをしている人はたくさんいます。
自分が健康の問題で苦しみながらも、スケートで救われている人もいます。
文字通り、死の恐怖と闘いながら、可能な限り体を動かし続ける人もいます。
さらに、人の輪を広げるものでもあります。
日本はたいていの人が好きに病院に行ける環境はありますが、よほどの努力をしなければスポーツをやり続けることはできない国でもあります。
努力というのは、やる気でもありますが、最も大きな壁となるものを2つ挙げるならば、それは「お金」と「時間」です。
お金と時間がなければ、スポーツを続けるのはよほどのことでなければ難しい。
だからこそ日本では、スポーツは贅沢だ、道楽だといわれてしまうのです。
本当はそんなのおかしい。もちろん、みんなが絶対スポーツをするべきだと言っているのではありません。でも、できれば何かしらの形で体を動かした方がいい。
それがきっとその人の幸せにつながることだというのは、スポーツを続けている人間だからわかることだと思っています。
別に、走らなくてもいい、ボールを使わなくてもいい、スケートでなくてもいい。
心のなかから楽しい、もっとやりたいと思えるものが見つかって、それを続けてやれる人は、きっとその意味がわかると思います。
身も蓋もない話ですが、
結局のところ人間は、血液を巡らせることによって体の隅々に酸素と栄養素などを行き届けさせることで活動の動力としている、動く袋のようなものです。
じっとしていれば、そりゃあ酸素も栄養も滞ります。動くことが少なければ少ないだけ、筋肉というポンプも動きが鈍くなるので、さらに必要なものが廻らなくなる。
そうするともっと動きたくなくなる。脳もやっぱり血液を廻らせることでうまく動くものなので、体を動かさなければ脳の働きも鈍くなる一方なのは当たり前のこと。
何かの形で体を動かして血の廻りをよくすれば、案外気持ちも軽くなったりします。
だから、スポーツをすることは生きることなのです。
人間らしく、その人らしく、生き続けることなのです。
そしてこれは、もっと一人ひとりの人の権利として、強く認識されてもいいことなんじゃないかと思うのです。
いまやあらゆる国家、企業、団体などが、これ抜きにはやっていけないというものの一つに、2030年までの達成目標として掲げられた持続可能な開発目標「SDGs」があります。
17の目標が掲げられていますが、スケートリンクには以下のような項目が関係してくるのではないかと思います。
スケートリンクが存在し続けるべき理由と、
スケートリンクが存在し続けるために達成するべきこと
その両方が含まれていますが。
3.すべての人に健康と複素を
4.質の高い教育をみんあんい
7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに
8.働きがいも経済成長も
11.住み続けられるまちづくりを
13.気候変動に具体的な対策を
みんながコミュニケーションによって知恵を出し合い、よりよい社会をつくっていこうというのが、これからの時代の基調になっていくはずだといわれています。
理想論ではありますが。
生きるためのスポーツに、できるだけ多くの選択肢が用意され、みんながより多くの選択肢から、自分に合ったものを選べる社会になることを祈るばかりです。
そして願わくは、その選択肢のなかに、アイススケートも含まれ続けていきますように。